
以前、九星気学や家相術が流行となっていた時期に乗じて「風水」という言葉を冠した印鑑業者はじめとして、様々な業者が「開運」を名目に表札を販売しています。しかし残念ながら、その業者の多くは表札の歴史についての追究がされていないのはもちろんのこと、生物学の研究も波動の研究も天体の研究を十分にしているところはほとんどあrません。表札における吉相と言えば、「一位」の縦型四角の木に、浮き彫り型の文字で縦書きというのが主流ですが、これでは見た目にも格好がつかないと判断している上記のような業者は、四隅に「開運」の文字を入れたり裏面に仏像や梵字、五芒星や高価そうな水晶を入れたりしています。しかしながら、これらの処置が吉相だという根拠がどこにないのです。安易に「吉相のように見える」ということで無造作に施されている装飾である場合が殆どというのが現状なのです。仮にこの処置と書き方が吉相ということにしてしまうと、横書きの名前や英文字の表札は全て凶ということになってしまいます。にも係わらず、これら根拠のない開運表札に様々なパターンの表札を混在させて売る業者がいるのです。このような業者は往々にして何のポリシーも持たず、ただの金儲け用の商品としてしか表札を評価していません。「自分だけが儲かればいい」と考える業者の発想には開運が宿らないばかりでなく、逆に成長因子を減退させる上に退行因子を増殖させ、更には流れを淀ませて梵字や五芒星が異常波を呼び込む恐れさえあります。
鳥も虫も動物も植物も、本来、地球の生命現象は自己表示ということを行いません。仮に使ったとしても、それは全て生命維持のための技術でしかないのです。しかし、人間は違います。各自のシンボルとなるものをうち立てるということに人間の人間たる所以があるのではないでしょうか。中心となるシンボルをうち立て、波長や波立の違うものが創造力を持って回転運動をしていく。そうやって次元上昇し、結果的に開運力を上げていくことになるのだと思います。だからこそ、家屋の顔・象徴となる表札には、妥協が許されない、不純が許されない、我のみよしとしった傲慢な思想は許されないのです。
開運表札の概要
表札とは家の顔であり、玄関に掲げるシンボル、言わば「核」となるモノです。全ての事象はこの核があってこそ回転運動を生じ、流れを生むことができます。流れこそが調整の基本ですから、表札を持たない、表札がないという現象は気の流れを淀ませることになります。かといって、核であれば何でもよいという訳ではないというわけなのです。天地自然の法則を見極め天地を尊びつつも核たるに相応しいものを象徴する必要があります。家屋の顔が玄関に合っており、顔の中の眼に相当するのが表札です。つまり、家の眼目とも言えるのです。表札とは名前の表示となりますから、まずは姓名の歴史について下記にご紹介していきます。
姓名の歴史
表札には当然「名前」を記しますが、姓・苗字とは一体いつから、またどのようにして始まったのかご存知ですか?結論から言えば名前の始まりは、最初に中国、次いで朝鮮、最後に日本という流れとなっているようです。当初は「氏(うじ)」というもので、現代において鈴木さんのことを「鈴木氏」などと表現するのはこの「氏」のなごりから来ているとされています。初期の歴史においては大伴・蘇我・物部・泰などがあるそうです。後に、氏を構成する家単位で職掌や家格などを表す「姓(かばね)」が現れ、氏の中での秩序を表現する名前として一般的に使われるようになったという歴史的背景があります。このことから平安中期頃、土地に家の名前を付け、所有地を「名田(みょうでん)」と称するようになります。現代の苗字に「田」の字が多いのはここに由来しているようです。さらに時代が進み、逆に土地の名前を家名とする集団も現れ、「名字(みょうじ)」というものが発生しました。つまり「氏」のカテゴリーが更に細まく分けられ、「名字」が利用されることになったということになります。その後、名字を「苗字」と表現するようになったのですが苗字を使用できるのはあくまでもごく一部の人(武士と公家階級)だけに許されていたようです。
その後の歴史
上記にあるように、実際の苗字の歴史は多くの変遷を経ているのがお分かりかと思います。具体的に苗字が浸透するのは、「平民苗字許可令」以降ということになるようです。この当時、村の長老や庄屋などに相談に赴き、住まいの場所や職業などが名前のルーツになっていた場合もあったようです。このように、名前を記す板である表札とその歴史は、苗字の歴史との係わりを否定することはできないのです。しかし表札の歴史を追究する場合は、苗字というよりもむしろ表札という形態に主眼を置いて、表札の歴史を追求していきたいものです。










